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怖い話

 ・公衆電話

公衆電話

 小さい頃は怖がりで闇夜をひとりで歩くなど到底考えられなかったのだが、この趣味を始めてから、暗い夜空を求めて公園や山など何の躊躇もなくひとりで出かけるようになった。闇夜にひとりで居ても不思議と恐怖心は湧かなかった。ただ、一度を除いては。

 それは今から十数年前のこと、中秋も過ぎたのにまだまだ暑さが残る頃、それでも山に登れば少しは気温が低くなる。その日は彼岸の中日、早々に夕飯を済ますと、車を駆って、目的地に向かった。阿波三峰のひとつ中津峰の山頂近くにある駐車場だ。東は木立のため視界が遮られるが、西空が視界が広がっているのを事前に確認してあった。天頂に登ってくる秋の銀河を狙うつもりだった。

 車を走らすこと30分。車は山道にかかる。ヘッドライトに浮かび上がる木立の中を右に左にカーブしながら登っていく。中腹にある如意輪寺の前を大きく左にカーブすると山道は次第に細くなり、木々が道に覆い被さってくる。その中を数分走ると、一気に視界が広がり、目的の駐車場に着いた。

 晴れ渡った空には星が瞬き、心地よい風が頬をなで、静まりかえった闇に、車のラジオの音がシーンと染みこんでいく。ハッチバックの扉を開け、機材を出し始めたときだった。リリリーンという電話の呼び出し音が聞こえてきた。最初は、「ラジオ番組の音だろう」と思ったが、何か違和感があった。ラジオのスイッチをオフにしたが、静まる返る闇夜の中で電話の音だけが鳴り響いている。

 駐車場を見渡し、呼び出し音が聞こてくる方向を探した。公衆電話?
 闇の中、一本足の支柱の上に載った電話がうっすらと浮かび上がってきた。鳴り止む気配はない。誰かが、間違って公衆電話の番号を回したのか。なら、間違い電話であることを教えてあげればいい。公衆電話に向かって歩き出そうとしたが、足がすくみ動けない。ここに来る途中、如意輪寺の前を通ったとき誰かに見られているような気配があったことを思い出した。そして、駐車場に着いたとたんに鳴りはじめた電話。一瞬にして背筋に悪寒が走った。

 鳴りやまない電話の音を後に、降ろし始めた機材を乱暴に車に投げ込むと、いっきに山を下りた。帰り道の記憶は全くない。家に帰り着くと頭から布団を被り朝まで震えていた。

 それ以来、その駐車場を訪れていないから、公衆電話が本当に在ったかどうかは分からない。今さら、確かめる気は毛頭ないが、ときどき思うことがある。もし、あのとき、電話に出ていたら何が聞こえてきたのだろうと。

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